平均1ユーロの現実

~数字で見るフランスのスタジアムの現状~

  昨シーズン、フランスリーグ・1の試合でスタジアムに足を運んだサッカーファンたちは、1人平均たった1ユーロ(約120円)しかお金を使わなかったらしい(チケット代金は除く)。

  たしかにフランス人はケチだ。ものすごくケチだ。でもそれ以前に、大半のスタジアム内部の売店はシケている。人の群がるカウンターの向こうで、手際の悪い店員が、気だるそうに対応している。ハーフタイム中にドリンクを入手することは、不可能への挑戦と言っても過言ではない。

  しかし、ブンデスリーガのシャルケ04のホームスタジアムでは、何と1試合ごとに6万リットルのビールが消費されるらしい。スタジアムの収容人数が62,000席、ということは、1人につき1リットルのビールを飲んでいる? いや、でも未成年や、お酒が飲めないファンもいるだろう、そんなことを考えながら悶々としていたとき、「ヴェルテンス・アレナ」というスタジアム名は、ネーミングライツ(施設命名権)を地元ビール会社が買い取ったことに由来すると知り、なるほど納得した。そして忠実なファンたちは、試合開始3時間前にはスタジアムに到着し、気のあう仲間たちと(早めの)祝杯を上げると聞き、2度納得した。さらには、スタジアム内にはビール管のネットワークが走っているのだと知り、3度納得した。1ユーロしか使わないフランス人に対し、彼らは試合ごとに少なくても8ユーロ(約1,000円)は落としてゆく。ビール腹ならぬ、太っ腹である。

  フランスのスタジアム・ビジネスが冴えない1つ目の理由は、1998年W杯誘致の際、スタジアム改築を行う大名義とチャンスに恵まれたにもかかわらず、セキュリティとそれに伴う交通網の整備に重きを置きすぎてしまったことに由来する。このとき国内の全スタジアムに投資されたのは、総額6億ユーロ(約700億円)。うち70%は、メインのスタッド・ドゥフランス(ここをホームにするサッカーチームはない)の建設費用だった。

これに対し、2006年W杯開催国ドイツは先見の明があった。合計15億ユーロ(約1,760億円)を投資し、合計12件のスタジアムを改修・建設した。うち11件のスタジアムは、クラブがホームスタジアムとして利用している。

  リーグ・1のスタジアムの多くが市営という現状下のフランスでは、ドイツレベルのスタジアムは夢のまた夢だ。現在のリーグ・1の20クラブのうち、本当の意味での“ホーム”スタジアムを持っているのはオセールのみだが、落成からほぼ1世紀が経過した年代モノだ。

市営のスタジアムをホームとするクラブは、自治体に対し使用料を支払う。スタジアムの改修や改築計画には、住民の税金が投入される上、政治的思惑や都市開発計画なんかも複雑にからみ、必然的にさまざまな困難が発生する。反対派による度重なる抗議活動や、行政裁判所へ建設許可証の無効を求める裁判が幾度となく行われ、そのたび施工が大幅に遅れたグルノーブルの例(スタッド・デ・ザルプ、2008年2月15日落成)が記憶に新しい。

  現在進行(退行?)中の、リヨン新スタジアム建設プロジェクトは、フランスのスタジアム問題のあらゆる側面を知る上で最高の例だ。

すでに当初の予定よりも2年遅れ、2013年5月に落成を目指す“OLランド”は、“スポーツテイメント”をテーマとした巨大アミューズメントパークを計画している。20,000m2の敷地には、62,500人収容のスタジアムのほかに、5つのピッチを含むリヨン練習施設、8,000m2のクラブ事務所、ボーリング、カーサーキット、各種スポーツ施設、レストラン、ホテル、スパ、ブティック、7,000台収容駐車場といった商業施設が建設される予定だ。

  最終的に敷地に選ばれたのはリヨン隣市のデシヌ市という、自然環境の美しい、人口わずか25,000人の小規模の自治体だ。当初は、地元経済の活発化への期待から、住民たちも色めきたった。しかし、7,000台の車による環境汚染、1万人以上が利用する公共交通機関整備への投資、人口の倍以上に相当する人の移動にともなう治安問題や騒音公害への懸念により、日増しに反対派が増加しているのが現状である。売却を拒否する一部市民の土地を得るため、土地収用法令を使って強制的に買収しようという政治的根回しもあったが、これも今年2月はじめに失敗に終わっている。

  このように、フランスにおけるスタジアム建設には、“公私の線引き”という非常に困難な問題がある。たとえスタジアムが公益事業として認められても、特にリヨンのケースのように、そこからクラブがガッツリと私利益を得るとなると、血税を払っている住民としてはやっぱり釈然としない。この線引き問題を容易にクリアしたのは、ルマンの新スタジアム計画だ。

2010年7月に落成予定のルマン新スタジアムは、ルマン24時間耐久レースのコースを中央に置いた、多目的のスポーツ・カルチャー施設だ。フランス初のネーミングライツのケースで、MMAという保険会社が年間100万(約1億2,000万円)ユーロを10年間支払う契約にサインし、スタジアムも「エム・エム・アレナ(MMArena)」と決定した。もちろん一部は自治体との連携による公益事業であるが、ルマン住民の耐久レースおよびサッカーチームへの愛情も重なり、市民による反対はそこまで聞こえてこない。   リヨンの野望、OLランドの建設計画が遅れる今、リヨンは「うちのスタジアムが予定通りに落成しなきゃ、フランスはEURO2016誘致に立候補できないよ」と、国に対してプレッシャーをかけているようだ。しかしその裏に見え隠れするのは、6,000席の“ビジネス・スター”VIP席や、付随するVIPディナーからの収入の皮算用のような気がしてならない。